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スクールカウンセラー(25)受験を支えた2ヶ月 ― 家族支援のその先に たつとみ先生

スクールカウンセラー


スクールカウンセラーのたつとみ先生が訪問相談・家庭教師として関わってきた中学3年生の生徒さんが、高校に合格しました。

出会いは小学2年生の頃。
ギフテッドと診断された姉・Mさんと、発達や知的な課題を抱える弟・K君。

家族の葛藤、特別支援学級をめぐる対立、
離婚という環境の変化――

数年の時間を経て再び関わることになった、
わずか2ヶ月の受験支援の記録です。

ここからは、たつとみ先生の記録です。


久しぶりにお話を少し更新しようと思って、今回文章を書いてみた。というのも、

受験シーズンになり、自分の訪問相談・家庭教師業で、今年度最初の合格者を出すことが出来たので、その子のご家族にも許可をとり、今回のお話を書くことにした。

小学2年生の出会い ― ちゃぶ台の衝立て

中学3年生のMさんと出会ったのは、彼女が小学2年生の頃だったと思う。

ギフテッドと診断されたその子とは別に、
年長で、明らかに発達や知的な課題を抱える弟のK君、

お会いしたことのない自衛官のお父さんとお母さんとの4人家族だった。

最初は弟のK君との関わりをメインに訪問していた。

自分が訪問すると、いつもちゃぶ台の上に三方を囲む衝立てを立て、小学校のドリルをするMさんの姿を今でも覚えている。

その横で、とにかく遊びたい、イタズラしたいK君が騒いでいるといった家庭環境だった。

支援は、家庭の空気ごと受け止めるところから始まる。

特支学級をめぐる葛藤

最初は弟のK君の対応と勉強‥というお話だったが、明らかに特支学級への入級が望ましいとわかる状況であったにも関わらず、お父さんが頑なにそれを望まず、K君自身に頑張らせようとする‥お母さん自身は特支学級の方が良いとわかりつつ、板挟みで耐えている‥。

そんな状況だった。

結局K君の入学する小学校へもお母さんと訪問して校長先生とお話したりしつつ、通常級で6年間を過ごした。

その間、Mさんはそれなりに出来るからと、比重がK君にかかっていたこともあったかと思う。 


学校との連携も、スクールカウンセラーの大切な役割。

数年後の再会 ― 変化した家庭環境

自分の方も、ずっとご家庭に訪問していた訳でもなく、数年空いてMさんが中1の頃に数ヶ月、そして今回の受験の2ヶ月前にまた訪問するようになったのも1〜2年ぶりだった。


その間、お母さんもいろいろと苦悩されていた。K君が中学に入学する前、やはり特支学級への入級を考え、それに反対するお父さんと、特支学級に行きたがらないK君との間で悩まれていた。


その頃のMさんは、小学生時はK君と天真爛漫にはしゃいで遊び、中1の頃に久々に会うとギスギスした空気をまとっていたが、今回Mさん自身に再会すると、いたって『普通』であった。

実際に勉強を教えると、理解度の速さは『さすが』というレベルだったが、話を聞くと、家庭環境も離婚され母子家庭となり、K君は勉強の難しさから自ら特支学級へ入級していたり、そうした『環境の変化』から中学入学後は結構荒れていた様子だった。

今回の受験に関して、通う中学校の中で『推薦がもらえない3人のうちの1人』とのことだった。そのため、一般入試での合格が必須‥という中でのわずか2ヶ月の受験勉強となった。


わずか2ヶ月の受験支援

短い時間で合格出来るよう、過去問から取り組んで欠点を洗い出し、その部分を埋める‥という定番手法で受験勉強に臨み、苦手箇所を洗い出して無事合格することが出来た。

限られた時間でも、やるべきことを絞れば道は開ける。

これからの関わり

年度明けから特支学級に変わり、柔道を始めたというK君との関わりをお願いされている。

パーソナルスペースがぶっ飛んでいる彼との関わりも、今後どうなるかなとも思う‥。


管理人より

たつとみ先生、今回もありがとうございます。

支援の対象に挙がっていたり、気になると聞いていたりするお子さんのきょうだいの方が、実は気がかりだなと思うことはよくありますね。

家庭全体を包括的に見守っていくことも大切ですね。

また、支援とは、短期間で結果を出すことだけではないのだと感じました。

家族の葛藤、環境の揺らぎ、子ども自身の選択。

それらを見守りながら、必要なときにまた関われる存在であること。

スクールカウンセラーの仕事は、「今」を支えながら、その子の未来を信じることなのだと感じさせていただきました。

センセースタイルでは、教育や支援に関わる先生方の実践を今後も紹介していきます。


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