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スクールカウンセラーとは③打ち明ける場 たつとみ先生

スクールカウンセラー

素敵なせんせいをめざすあなたに

管理人
管理人

管理人が公認心理師をめざすにあたり、対策講座でお世話になった予備校。

その受講生やOBによるzoom発表ではスクールカウンセラーとして何度も発信しているたつとみ先生。

そのたつとみ先生に、スクールカウンセラーをめざす経緯や体験を

連載していただけることになりました。

類似した事例に関わってはいますが、内容はフィクションです。

止まった時間の重要性

その道は当然、平坦であるわけがなかった。現在でこそ、多少なりとも「学校に常設カウンセラーを」という声が聞かれるが、そんな話が微塵もない十年前に、それも一介の高校生が目標として掲げたのである。高校ではその時、既に理系のクラスへと進んでいた。


よって、カウンセリングや心理学を学ぶためには、一人で文系に転じなければならなかった。その上、『受験のための勉強をする』ということに疑問を持っていた自分にとって、大学へ行くという意味さえも持てないものだった。


 結果、3年間浪人することになる。理系出身で、エリートである父の目からは、なぜカウンセリングなどとわけのわからないものに固執して、しかも三浪もしてしまっていることが、理解出来ない以前に問題外であっただろう。

しかし、自分にとっての3年間は無駄などころか、かなり有意義な時間であった。それまでの学生生活の中で、浪人時代ほど、立ち止まってゆっくりと、あらゆることに思い巡らせる時間がなかったからだ。

政治、経済、教育、世の中の矛盾、人間というもの、ありとあらゆることについて考えた。そして、それまで形に出来なかった自分の考え方が、言葉という形で姿を現したのはこの頃だろう。

自分を作るという意味において、この浪人という時間は、かなり自分にとっては重要であったといえる。

スクールカウンセラーになるには 親たちの苦悩


 いじめの時期から浪人の時期、そして今現在の就職が決まらないという現実の中、特にエリート出である父にとって、息子の現状は想像もつかない苦悩があったことだろう。

自らの力で、今の地位を築き上げた父にとって、姉の不登校、自分のいじめ問題や浪人時代、そして就職の決まらない現実は、認めたくないものだと思う。

その性格ゆえに、家庭のことは母の問題とし、誰にも相談さえも出来ないというその立場は、苦しいものであるに違いなかった。

当時の父に対して、何か助言や、相談出来る『場』があったなら、自分や父も、もう少し簡単に話し合えたかもしれない。


 その点、母は少し違った。当時、今よりも更に相談機関などの情報が乏しい中で、積極的に情報を収集した。

その結果、姉や自分が落ち着いた頃、他の不登校に悩む親たちから相談を受けるまでになった。そうした不登校に悩む人たちにとって、母の経験は、相談出来る『場』となりえたのであろう。


 そうした母と自分に、こんなエピソードがある。3年間の浪人の末、ようやく大学に進学し、その生活も落ち着いた頃、実家の自分の部屋を、新しく購入するパソコン用の部屋に使いたいので片付けて良いか、という連絡が来た。

別に構わないと思い、許可してしばらく後、母からとある手紙が送られてきた。

自分自身も覚えてはいたのだが、部屋の本棚の裏には、中学生時代に書いた遺書が投げ込んであり、それを見た母が、いまさらかもしれないが、と謝罪の手紙を送ってきたのだ。

その遺書を書いた頃、多分誰かに見つけて欲しかったのだろうと思う。それが、約9年程の時を経て、母がそれを読み、自分に手紙を書いてくれたのである。

ある意味、これほどうれしいことはなかった。その手紙は今も大切に保管している。


 

今思えば長い年月を経て、その母の手紙は、母自身から自分への救いの手であり、あの時、助けられなかった後悔であったのかもしれない。

その後、自分は母に電話で、この手紙がうれしかったということを告げた。その一言が、母にとっての救いの『場』となることを願っていた。


 そうして、自分の父や母をやっと落ち着いた視点で見ることが出来るようになったとき
、不登校やいじめで悩んでいるのはその本人だけではなく、その周囲を取り巻く人たちにも、打ち明ける『場』が必要なのだと感じたのだった。

スクールカウンセラー 教師経験


 子どもたちにとって、何らかの話を打ち明けられる『場』というものが必要なのだと感じ、しかもそれが今の学校の制度には存在しないことを知ったとき、自分はまず、学校という環境に入るために教職免許を採ろうと考えた。

その時、教師になろうとは、あまり考えてはいなかったのだが、大学4年生時に教育実習に行ったとき、自分が今までになかった視点というものを体験することとなった。

それは、教師の立場から見た『不登校』や『いじめ』という視点である。


 教育実習の中で、もし自分が教師という立場、例えば担任になり、自分のクラスで不登
校やいじめが起きたとき、それに充分に対処出来るのだろうかと不安に思ったのである。


そのとき、教師にとっても相談出来る場所や環境というものが必要なのだと感じたのだった。


 実際に教育実習に行った母校の中学において、担当クラスに不登校の生徒がいた。それに気がついた自分は、先生からどのように対処しているのかを聞くことが出来た。

まず、不登校児に『登校する』というイメージを与えず、学校には遊んだり、話をしにくるよう
にという約束をしたのだそうだ。

その中で、生徒というのはやはり『教師』にいろいろなことを打ち明けたりは、成績などに関連してくることを知っているので出来ないのだとおっしゃっていた。

しかし、学校内で唯一成績に関係ない保健室の先生には、いろいろと話が出来ることが多いのだそうだ。

そこで、保健室の先生とコミュニケーションをとっておき、不登校児には保健室登校からはじめたのだそうだ。

そして、クラスの他の生徒には、ちゃんと事情を説明し、何人かの生徒に休憩時間などに保健室に遊びに行かせているという話だった。

その際、決して不登校児本人が教室に行きたいと言わない限り、誘ったりはせず、また来るということだけ伝えるようにと指示したのだそうだ。


 この話を聞いて、まず凄いと思ったのが、担任としてクラスの生徒との意志疎通をはっきりとした上で、教師には出来ない部分を生徒に任せ、不登校児が登校してきたときに、それを受け入れる環境を作り上げているということだった。

しかし、こうした行動は、当然のことながらすべての教師が行なえるものではない。思い悩む教師がほとんどだと思う。この経験から、教師にとっても、相談出来る『場』というものが必要なのではないかと考えた。

管理人
管理人

長く浪人をされていたとは…

また理系出身のお父様との確執があったのですね。

それを乗り越えられて今がある。

お母様との温かいやりとりも素敵です。

打ち明ける「場」

話したいと思えるような設定することって大切ですね。

とある学校では、スクールカウンセラーさんと生徒全員が、まず短い時間で面談するそうです。

スクールカウンセラーってどんな人かな?という生徒側の垣根も下がって、いい取り組みですね!

SC側もその子の雰囲気が分かりますし、今後にもつながりやすいですよね。

もっと子どもたちが、SC=スクールカウンセラーさんと距離が近くなるといいですね。

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たつとみ先生
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